2008年08月26日

世界にひとつだけの草

100人の重病患者がいました。
放っておくと1年ぐらいで死んでしまう、とても難しい病気でした。
この病気を治す方法はただ1つ。
ある薬草を煎じて飲むこと。
でも、この草は、とてもとても小さくて、世界にたった1本だけしか生えていません。
飲むことができるのは1人だけです。

誰がこの薬草を飲むか、えらい人に決めてもらうことにしました。
ある患者は、お金持ちで、「私を選んでくれたら、大金をあげよう」と言いました。
ある患者は、とても美しくて、「私を選んでくれたら、あなたの恋人になります」と言いました。
ある患者は、とても強くて、他の患者を殺してしまおうとしました。
男の人も女の人もいました。
とても小さい子もいました。
お年寄りもいました。
それぞれが、自分がどんなに生きたいか、どんなに生きる価値があるかを話しました。
死なずにすむのは1人だけです。

えらい人は、その中のだれも選びませんでした。
死なずにすんだのは、薬草でした。


☆☆☆
posted by SAI at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 珍アイデア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

謝ること 分かち合うこと

今日は終戦の日です。
敗戦の日という人もあれば、解放の日という人もあるけれど。
ともかく、過ちを繰り返さないと誓う日だというのは、人類共通なのでしょうか?
今なお戦火の中にいる人々にとっては、どんな位置にあるんだろう?
自らの現在おかれた状況が軽く見られれいるような差別感があるのか、やっぱりこの日は重要なのか?

さて。
そこに「過ち」があったとするならば、過ちを犯した人というのが存在するということで。
傷を負った人々は、過ちを犯した人に、「謝ってほしい」と訴えます。
過ちとは何なのか、過ちを犯したのが誰なのか、でもめる場合が多いようです。

こと戦争に関しては、人類全員の過ちなのだという考えもあります。
誰もが持つ「憎しみ」や「欲」が悲劇を生むのだと。
それは一つの真理かもしれません。

ただ。
謝ってほしいというのは、過ちを犯したと認めてほしいということ。
何が原因でそうなったのか、はっきりさせるためにも必要なことなのでしょう。
原因がわかってこそ、繰返しを避けることができるのだろうし。

一方。
誰かの罪を追求することにこだわると、そこから動けなくなることもあるものらしい。
過ちが大きければ、それだけ、それが自分のせいだとか、それに自分が加担したとか、認めることは恐ろしいでしょう。
追及されるほどに否定し、いっそう繰り返されてしまうこともある?

とすると。
心から反省することと、償うことは必要。
ただ、そのとき、「許し」というものが前提にあることが必要ということなのか。
posted by SAI at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月09日

長崎から、つながっていた

そして、長崎原爆の日。
これを書いている今は、まだ11:02になっていません。
63年前のこの時間は、「その瞬間」を迎える前。戦争中だけどいつもどおりの日常がずっと続くと思っていた、ふつうの日だったでしょう。

そんな日を描くことから始まるマンガに出会いました。
ゴールデンウイーク中に開かれた、「9条世界会議」にて。

『夏の残像 ナガサキの八月九日』
どこかの物販ブースに残っていた最後の一冊。
「本格的なナガサキのマンガですよ」と、売っていた人は勧めていました。
ページをぱらぱらめくってみると、どうやらマンハッタン計画のことなんかも描かれているようで。確かに本格的・・・と思いました。
もうひとつ、ちょっと気になることがあったりもしつつ、買って帰りました。

東京に住んでいる高校生が、長崎のおばあちゃんの家に行くことから始まる、「数カ国の旅」。
マンハッタン計画、懸命に治療にあたった医師、外国人被爆者、ヒロシマ。
「なぜ、長崎に?」というより、「なぜ、浦上に?」というところに、少しだけ触れているのにも、意味があり。
被爆者の祈りの奥にあるものに踏み込んでいるかんじでした。

そうして読み進んでいるうちに、気になっていたことがほぼ確信に変わりました。

「この画風、見たことがある」

あるキャラクター、ずっこけ方、ある食べ物の登場シーン・・・
思い出した。
この絵は、「夏 長崎から」の同人誌、『TOGETHER』の挿絵と同じ画風なんだ!
そこで初めて、著者の名前を確認しました。
西岡由香さん。
確かに、その人でした。
気づくの遅いよ、自分。

毎年行われてきた「夏 長崎から」で、同じ場所同じ時間を過ごしたはずの人のその後に、ふいに出会った。
あそこにいた1人1人が、確かに、自分で続きを紡いでいる。
その具体例を目の当たりにして、改めて感激しました。

プロフィールを見ると、この西岡さん、今は『週刊金曜日』の4コマ漫画を描かれているそうで。
さらにびっくり。

長崎は遠くない。
前の記事と矛盾しますが、そんなことを思った「再会」でした。

ちなみに、西岡さんとは直接話をしたことはほぼない(それこそ、コンサート会場で同人誌を買うとき「これください」「★円です」というやりとりはやったかもしれない程度)ので、面識はありません。
posted by SAI at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月06日

夏 それぞれの長崎から

広島原爆の日。
一昨年まで、「夏 長崎から」という、さだまさしさんのコンサートが行われていたことは、何度か書いたことがあります。
そのコンサートが20回目で終わりを迎えて。
去年は、今度は長崎の日に広島で、さださんのコンサートが開催されたようです。

一方、長崎では、さださんの妹佐田玲子さん中心に、「夏!まだまだ長崎から」というコンサートが8月6日に開催されていました。
・・・・・・というのを、つい昨日知りました。
はい、前日になって、「今年も広島でやるのかな?」と思って調べて初めて知りました、というわけです。

さださんが長崎にまいた種。
それを長崎の人たち自身が育てる第2ステージ。

今日はその2回目だったはず。今頃は打ち上げに突入しているのでしょうか。

自分の場合、関東に来て、一番遠くなったものの一つがこのイベントかもしれません。
冠婚葬祭がまとめてやってきた今年は、地元も遠くなったと痛感したけれども。

九州にいれば、一緒にできたかもしれないこと。
だけど。
今、関東にいるからこそできることがあり、一緒に何かをやれる人たちがいるのも確か。

忘れてはいない。
だから、今ここから、また始めようと思います。
posted by SAI at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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