2008年08月15日

謝ること 分かち合うこと

今日は終戦の日です。
敗戦の日という人もあれば、解放の日という人もあるけれど。
ともかく、過ちを繰り返さないと誓う日だというのは、人類共通なのでしょうか?
今なお戦火の中にいる人々にとっては、どんな位置にあるんだろう?
自らの現在おかれた状況が軽く見られれいるような差別感があるのか、やっぱりこの日は重要なのか?

さて。
そこに「過ち」があったとするならば、過ちを犯した人というのが存在するということで。
傷を負った人々は、過ちを犯した人に、「謝ってほしい」と訴えます。
過ちとは何なのか、過ちを犯したのが誰なのか、でもめる場合が多いようです。

こと戦争に関しては、人類全員の過ちなのだという考えもあります。
誰もが持つ「憎しみ」や「欲」が悲劇を生むのだと。
それは一つの真理かもしれません。

ただ。
謝ってほしいというのは、過ちを犯したと認めてほしいということ。
何が原因でそうなったのか、はっきりさせるためにも必要なことなのでしょう。
原因がわかってこそ、繰返しを避けることができるのだろうし。

一方。
誰かの罪を追求することにこだわると、そこから動けなくなることもあるものらしい。
過ちが大きければ、それだけ、それが自分のせいだとか、それに自分が加担したとか、認めることは恐ろしいでしょう。
追及されるほどに否定し、いっそう繰り返されてしまうこともある?

とすると。
心から反省することと、償うことは必要。
ただ、そのとき、「許し」というものが前提にあることが必要ということなのか。
posted by SAI at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。