2006年02月26日

光を当てたいから

前の記事で、また妙なことを考えていますが。
主に関東に出てきてからですが、「これは無関心でいてはいけないんじゃないか?」と思うことによく出会います。
というか、それまでの自分が、並外れて世の中の状況に疎かったんですが。高校出るまでの方が、世の中考えていたなあと思います。というのはおいといて。

重大なことほど、密かに行われるものではないか?

いろいろな問題に出会う中で、思い始めたのは、そんなことです。
新聞の一面を飾る事件の同じ日に、実はものすごい決定がなされていたりすることがある。
むしろ、その決定をこっそりやるために、目立つ事件をこしらえてるんじゃないか?と疑いたくなるときもあります。
世の中、考えることは多すぎる。だから、雑多な情報に紛れてしまう事件や問題もたくさんあるはず。当事者が意図的に紛れ込むようにしくんでいる場合も含めて。

例えば。
六ヶ所村の再処理工場が、放射能を直接垂れ流そうとしている。(うっかり漏れるのではなく)
チェチェンという人口100万人の国で、20万人を越える人々が殺されている。

他にもありますが。
自分が、最近の出会いの中で、たまたま知ることになった問題。
自分自身がまだよくつかみきれてもいないけれども、重大なことだと感じたこと。
賛成・反対・容認・・・どういう立場に立つかは人それぞれだとしても、まずはその問題の存在を知らなければ始まらないものだと思います。
どれが真実かとか確かめようとするのも、その問題の存在を知るところから始まります。
もちろん、現時点で自分が見落としている重大なこともあるでしょう。

新聞に書かれた文字の大きさや、テレビに登場する回数が、コトの重大さと一致するとは限らない。
それは、当たり前のことなんだけども、なかなか意識しないものなんじゃないでしょうか。

自分が「これは大変だ」と感じたことを伝えるには?
これからさらに、「これは大変だ」と感じることに出会うには?
必要なのは、そういう問題が人の目に触れる機会、だと思います。
だから、自分は、その方法を考えようとするのです。
posted by SAI at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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