2007年04月19日

「普通の国」になったらば

改憲手続き法案が衆議院を通過したりで、憲法の柱が揺らいでいる今日この頃。
小さな憲法学習会に参加して、フォークランド紛争のことなど聞いたためか、ふと、思ったこと。

国のリーダーが戦争を必要とすることがあるらしい。
例えば、自分の政権の支持率が落ちているとき、それを回復させるために戦争があった方が都合がいいと考えることがあるらしい。
例えば、アメリカとイラク。
例えば、イギリスとフォークランド諸島。
例えば、ロシアとチェチェン。
そして、もしかして、六十数年前の日本もそうだったのかもしれない。

外に共通の敵をつくることで、国内の不満をごまかすとか。
戦争に備えることを名目に、国民のできることを制限するとか。
そういうことを、国の指導者が考えることがある。
それは、どこででもあり得ること。
そして、指導者は、そう考えた時、実際に戦争に踏み切る力をもっている場合が多いらしい。
国としては、実際に戦争をできる装備があるし、しくみもある。
それを使うと決めることは、そう難しくないのかもしれない。
それは、ごく普通の国のこと。

さて、ここに、ちょっと普通でない国があります。
国際紛争解決に武力を使わないと決めた国。
武力を持たないと決めた国。
戦争をしないと決めた国。
この国は、リーダーが戦争を必要としたとしても、普通の国のように戦争を始めることはできないはず。

普通の国になるということは、国の指導者の都合で戦争が始められる状況になるということじゃないんだろうか。
最初の理由が「自衛のため」であったとしても、戦争できる国になったときから、「戦争をしかけるかもしれない」可能性が現実的になる。

政権を維持するために引き起こされる戦争に、参加したいと思いますか?
選挙で勝つことが仕事と思っている議員が多いと感じられるならば。その議員さんがたが、選挙で勝つために戦争をするくらいのことは考えるかもしれないことを、心配しなければならないんじゃないでしょうか。
普通の国で、ありがちなことのようだから。

なんかうまくまとまりませんが、戦争に参加できる普通の国ってのはけっこう怖いのかもな、と思ったのでした。
posted by SAI at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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