2007年05月04日

希望がみえたらいいのかな

昨日の憲法集会〜デモに参加しつつ思ったことのつづきになります。

知り合いの集団に混じってデモに出ました。
相変わらず、シュプレヒコールが長い。
コールを聞いただけでわかるようにというのがあるのでしょうが、言う方にしたら早口言葉状態。
しかも2回繰り返し。
自然に笑えてくるのは悪くない気もしたりしなかったり(?)
「国民は憲法改悪を望んでいないぞ」というようなフレーズで、「国民は」というところが、なぜか自分としては落ち着かない気分になったりもしました。

間に、マイクアピールも繰り返されていました。
戦争の反省を忘れて改憲しようとしている・・・などなど。

・・・なんだろう?
「自分たちは国民の皆さんたちの声を代弁しています」ということでアピールしているのが、うまいことかみ合っていないのかな?という気がしました。
道ゆく人たちとしては、「いや、私は別に・・・」という感じかもしれないし、むしろ押し付けがましい気がしていたりしないかな、と思ったり。
いや、どちらかというと、「また何かやってるよ」というだけのことなのかも。
そこでふと思ったこと。

「またやってる」に続くのは、「どうせムダなのに」なのでは?

なんというか、デモというのは、最初から「劣勢」「少数派」というイメージがある気がします。
「どうせやってもムダなのに、ご苦労様」と思われているのではないかなと。
というか、自分がデモを見ているほうだったら、実際そんな気分になっていただろうと思います。
それが、自分たちに関係ある問題だとしても、「デモなんて参加してもなあ」「目をつけられるだけ損じゃん」という、諦めの気持ちになりそう。
だとしたら。

「憲法9条は守れる」
「改憲手続き法案は止められる」
「9条は実現できる」

という表現があるほうがいいのかな、と思いました。
「できる」という希望を見せる。
マイクアピールなりビラなりでは、具体的にどうすればいいかを伝える。
まあ、「○○反対!」というより、「あれ?」と思わせる効果もあるかもしれません。

それに、「○○できる」というと、なんかそれはそうするのが普通なんだというかんじがしてきます。
逆に、「憲法は変えることができる」とか「自衛隊は海外にいける」とか言われると、そんな気がしてくるのと同様。(相手側は、そういうアピールをするでしょう)

憲法の条文について、「憲法○条がある」「だから私たちは○○することができる」というのもありかも。
「○○権が必要ですか?」「実はその権利は○○条にすでにあります」というのもいいかも。
実際やるときには、先導する人と他全員が掛け合いをするようにつなげるといいのでは?
「○○権が必要ですか?」「必要です」「それは憲法○○条にすでにあります」「憲法○○条!」「(憲法○○条を読む)」「(続けて条文を繰り返す)」「○○条を実現しよう」「国会に声を伝えよう」「○○条は実現できる」「○○権は実現できる」
・・・・・・なんか、怪しい布団を売る集団のような雰囲気もありますが。

ともかく、道行く人も誰もが、願いを実現できるのだという希望を伝えた方がいいのではないかというのが、結論です。
できそうなことなら、やりたい人は多いと思います。
posted by SAI at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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