2007年05月18日

国際紛争解決手段でない武力

憲法9条に関して、それを暗唱させられたころから気になっていたことがあります。
それを言うと、9条に欠陥があるように見える気がして、ほぼ他の人には言ったことがありませんでしたが。
おそらく、気になっているのは自分だけではないと思うので、書くことにします。

憲法9条の1項の、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」というところ。
「国際紛争を解決する手段としては」というのが、この位置に入っていると、ものすごく限定しているようなかんじがします。
妙に強調されてしまうような。
「国際紛争を解決するため」でなければ、武力を使っていいのか?とつっこみたくなるのです。

おそらく、これは、英語で書かれた条文を日本語に訳す過程でこうなったのだろうと思うのですが。英語版を読んだことはないのですが、多分、順番とかニュアンスが違ってくるんじゃないかと。(まず調べようよ、自分)

武力による威嚇や武力の行使の放棄が「国際紛争を解決するため」に限定されるのならば。
国内のことになら、武力を使ってもいいのか?という話になりそうです。

そこが、ずっと気になっています。
そして、なんだかその解釈まんまのような状態は、訪れているように感じます。

沖縄。
辺野古の海を守るために非暴力で米軍基地の進出を止める活動をしている人たちがいて。
その人たちをおさえて、基地をつくるための調査を強行するために、自衛隊が派遣された。
日本の「軍」が、自国の国民に対して、威嚇を行うということが、現実になっている。

「自衛」と言いながら、自国の国民を守らず、敵とみなす存在となっているわけで。
矛盾しているにもほどがある、と思います。
だから、矛盾しないように、言葉の意味の方を変えるのでしょうか?

9条1項の言い回しは、やっぱり気になります。

けれども、だから変えたほうがいい、と安易に言うことは違う、と、自分は思います。

妙な解釈ができてしまいそうな条文ではあるかもしれない。
でも。言葉の奥に流れるもの・・・本来の意味、方向性を歪めてはいけない。
妙な解釈をすることを許してはいけない、ということなんだと思います。

そして、9条の2項だけを変えようという話も、安易にやってはならないのだと思います。
自衛隊が、本当の軍隊になったならば・・・それが武力であることを公然と許してしまったならば、自衛軍が、自国の普通の市民に対して兵器を使うことまでが許されてしまうのではないでしょうか?

世界を見渡せば、デモに対して軍隊が発砲することなどありふれています。
許してはならないことなのに、ありふれています。

今でも、ありえないことで逮捕されることはありますが、なんとか一般市民に対して自国の軍が兵器を用いることは、避けられています。
ギリギリの砦。
それが、9条2項なのだと思います。

もちろん、今、沖縄で起きていることは、間違っています。
自衛隊が動いているということは、自分たちの税金がそうさせているということでもあります。
自衛のための力を、国民の敵にさせてはならないはずです。


おわび
すみません、他のテーマとして書くことを考えながら書いていたら、「自衛隊」と書くべきところまですべて「自衛軍」という言葉になるという、どえらい失敗をしていました。
訂正しました。
特につっこみコメントが入らなかったのが、どういう状態なのかむしろ不安です。
posted by SAI at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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