2016年07月15日

ブログ11周年

あっという間にまた1年が過ぎて、このブログ11周年になりました。
ほんとにまったく書いていなくて、忘れそうになるのですが、やっぱり奇跡的に思い出しました。

世の中は、おそらく年々危険な方に向かっています。
自分の経済状態もなかなか危険なのですが。貧乏だといっそうろくなことにならない世の中になりつつあると思われます。ううむ。
というか、自分は進歩しているのかというと、機動力とか部屋の片付かなさとかはあんまり変わらないです。ブログを描きはじめたころよりは、確実に物は増えています。10倍はゆうに増えていると思います。物の種類別にみて、それぞれ10倍ぐらいにはなってますから。むしろ100倍になっていてもおかしくないし、物によっては実際そのくらいいってます。
そりゃあ、経済状況も危険なわけですわ。

塵も積もれば、というのは本当にそうだと思います。
世の中ってのもそうやってできているのだろうし。
ごみや借金はそれなりにどかんとコツコツたまって限界になるし、議員に集まった票の結果で世の中動いていくものだし。

なんてな話で今日の分終わりそうです。
毎年去年の延長のような、でも確実に自分として道が開けてきているようなそんなのを振り返っているのですが、今回はそれだけは積もらないような?
相変わらず変なアイデアは湧くだけ湧くので、それが形になっていい方に何か積もっていくように、ということで締めましょう。
また1年後に出没できれば、それだけでも幸運です。
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2015年07月15日

ブログ10周年

またしても1年放置のまま過ぎました。
しかし、約1年遅れのmixiの方の日付がどうしても思い出す日のために、こちらも思い出します。
なんとびっくり、10周年です。(全然書いてないけど)

さて、今日はえらいことになっています。
安保関連法案強行採決。
たまたま通りがかったら、国会周辺に異様な数の警官が立っていました。
1年前、永田町周辺が何やら大きく動いているらしいと書いていました。(完全に忘れていましたが)
本当に大きな転換点が、ちょうど1年後にやってくるなどとは思っていませんでした。

今年は、戦後70年です。
しかし、新たな戦前なのだとも言われています。
「戦間期」かもしれない、と言う人もいます。

何事も10年続けてからが勝負なんだと、さだまさしさんがのたまわっていたのを思い出します。
「夏 長崎から」の10年目で聞きました。そして、「夏 長崎から」は20年で終わり、今また新しく始まっています。
終わりの知らせを見てから、さらに10年ぐらい経つということなのだと驚きます。
そして、「夏 長崎から」で1口1000円を出資した「ナガサキピースミュージアム」が今年20周年だそうです。
まだ行ったことがないのですが。

戦争の存在を前提として、そこに踏み込む道と戦争が亡くなる日を願い続ける道とが、絡み合っているのを感じます。
いろいろなものが、不思議なつながりを持って現れています。
ブログを始めるにあたって名乗った「SAI」というハンドルネームは、「際」=「間の人」という意味を中心につけたものでした。
その通りのこともいろいろ起こっていますが、それがどう転ぶのか、混沌としています。いざよい惑っています。

さて、10周年を迎えた後、さらに1年後、さらにその先、同じように思い出したように書くことができるのかどうかは、世の中のありようにかかっているのではないかと、本気で思う局面となりました。
冗談抜きに、正念場であるようです。
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2014年07月15日

ブログ9周年

奇跡的に、今日、この日を思い出しました。
ブログの存在さえ忘れかけた今日この頃で、消えてたらどうしよう、というくらい遠のいていました。
思い出したということは、まだ縁が切れてはいないということでしょうか。
新聞・テレビに触れない状況では、知らない間に何かが起きていてもわからないものです。
永田町周辺は、何やら大きく動いているようです。人知れず、というほどではないかもしれませんが、それがどれほどのことなのかを意識することなく、日常が崩れ始めているところなのかもしれません。
後の時代から見ると、大きな転換点となる時代なのかもしれないのですが、それを生きて振り返っていられるのかどうかさえ不確定。
しかし、まともな選択をしない周りの状況をいかんともしがたいのですよね。
災害や夏の暑さに比べれば、自分たちの手でどうにでもしようがありまくるというのに。
自分は、そんな現代に、今はとことん過去にこだわる道を選んでいます。その道には必ず1つの大きな区切りが訪れるのですが、それが時間の経過によるものとなるのか、それとも新たな人災によるものとなるのか。
本当は、そんなに落ち着いて考えていられるようなこっちゃなくて、自分はチキンなので、そうとう未来にビビりながら日々過ごしています。
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2013年07月15日

ブログ8周年

もはや意味のなくなったブログ開設記念日。
記事投稿画面を見て戸惑うまでに退化しております。
忙しくてmixi含め、吐露する方面から遠ざかりまくりですが、特に忙しさの極みだった日々の最終日にこの日を迎え、辛うじて書くことができました。それまでの数日は、食事をする時間さえ惜しいといった状況で、ギリギリいっぱいだったので、こうして書けることはなかなかに幸運です。
そういえば、ブログスタートしたときも、いっぱいいっぱいの中のジャストギリギリのタイミングだったと、しばらくして思ったのでした。
そういう点では、一巡して戻ってきたかんじでしょうか。
これからの1年は、おそらくまた偶然の一致をこじつけつつ、なんとなくさらにパワーアップしたかんじになるのではないかと思います。
ブログに出ないところで新展開があることも根拠はないが期待しつつ。
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2012年07月15日

ブログ7周年

もはやブログ開設記念日にしかブログを書かなくなって久しいです。今回、本気で忘れかけていました。
しばらくアクセスしない間に管理画面が変わっていて、使いづらいことこの上ないのですが、まああまり使うこともなさそうなので大丈夫でしょう。(おい)
世の中は、脱原発もだいぶメジャーになってきたようです。一度は日本中の原発が止まり、それがまた一部動き出したときには、官邸前で数千人規模の抗議行動が展開されました。
自分は、今、その流れの中にはいません。もう盛り上がってるからいいだろう、という気持ちも実は少々あるのは確かです。そして、これがいつかまた消えてしまったときのことを考えもします。
何年も会わなかった人に会った時、まるで昨日も会っていたかのように話をするようなやつですが、世の中のこういうことに対してもそうなのかもしれません。「自分はここにいるからね」という感じ?
まあしかし、歴史は繰り返すというのか、自分個人の歴史には確実に何かしらループするものがあるらしく、個人的には、ブログを始めたその時のような心境にあります。今まさに。
世の中のこと云々するよりも、くっだらない身近なことに悶々とする状況。これは、まぎれもない「平和」の姿なのだけれども。ささいなことであるだけに、口にしづらいことでもあるわけです。
それでも、それを世の中のことと比べてくだらないことだからと押しやってしまうのは、やっぱり「平和」でない何かの始まりのような気もするのです。と理由をつけて、くだらないことにどっぷりになります。
やっぱりこれは結末までループするのかどうか。限りなく0に近い可能性で、一発逆転があるのかどうか。よくわかりませんが、ともかく今のところなんだか進歩のない7周年です。
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2011年07月15日

ブログ6周年

もはや何周年だか忘れつつあります。そして、今回は本当にこの日を忘れて素通りしそうになりました。
本日、このブログを始めて6周年です。

日々感じたことや変なアイデアを書きたくて始めてしばらく放置したブログが、災害についての話でわりと更新頻度が上がり、出会いの連鎖で核やら共謀罪やらの話が多くなっていき・・・広がりすぎたリアルのことが忙しくて年1〜2回しか更新しなくなるという、栄枯盛衰を醸し出しております。
しかし、ブログの中心の話だった原発震災もリアルになってしまっています。
思いついて、今度書こうと思っていたことがいろいろあったのですが、今から書いても遅かったり、今となっては書けないものがあったりで、長らく放置したことを後悔してもいます。
書きづらいと思う内容の1つは、埋葬についての話です。震災犠牲者の火葬の話等が深刻になっていて、以前考えていたことを書く状況になくなりました。
そして、原発・平和・自然エネルギー・責任といった、これまで書いていたのをまとめて反映するようなショートストーリーを考えていたのも、ちょっともはや書けないかな、というかんじです。
ネタは新鮮なうちに料理しろ、ということを、ユッケ食中毒のニュースを思い出しながら実感するところです。

なんというのか、残念ながら、重大な状況を止めるということには、ほとんど力及ばなかったという6年間でした。
一方で、重大な状況になったがゆえに、自分が書いてきたことはわりとそのとおりだったということがいえるようになってもいます。
考えるのは衝動的なものなので、これからもいろいろなことに影響されて語っていくことになると思います。そして、おそらくはそれはそんなには間違っていないのではないかと思っています。
とはいえ、このブログをどれほど活用するのかは、よくわかりません。
本当に政治に関わる人たちに提案できるようなことをつきつめて考えるとおそらく長い文章になるので、そういうときは、mixiでなくこちらに書くのだろうと思います。
一応、まだここを元祖と呼んでおきます。

放置中も見に来てくださったみなさま、ありがとうございました。
今後もよろしくお願いします。
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2010年07月15日

ブログ5周年

本当に節目にしか書かないブログとなり果てていますが、5周年です。
いろいろ手一杯で、mixiとかこのブログとかは、当面優先順位をかなり下げる方向ですので、納得づくです。
mixiなどに比べると、このブログは文章が長くなってもしょうがないか、という感覚なので、そういう方向でもう少し活用した方がいい気がしてはいます。ヘビーな話を短くまとめようとするのは、かなり難しいので。要点だけ書いていると、誤解を生みやすいというのもありますので、文字数制限で話が中途半端、というのは解消したいものです。長丁場で考えていることもありますので、そのうちまたブログを活用するようになると思います。

毎年、この日には、ネットワークの面中心に、過去1年を振り返り、これからの1年の予想をしています。なんとなく、するようになってしまいました。
そして、これはけっこうよく当たっている気がします。
自分のある一面しか知らない方に、別の面を見せるような機会も増えてきました。
こういう傾向は、これからも続いていきそうです。

これからの1年のテーマは、「自分が自分であるために」というかんじなのではないかと思っています。世の中のこと、自分自身のこと、合わせて。
自分の思いを生かしていくにはどうすればいいのか?
世界に願うこと、自分に求めること、両方がからみあって、今まで以上に真剣に考える必要が出てくるような。
世の中のことでいえば、表現する自由が守られるのかどうかが大問題。
また、いろいろなことを考えていられるほどの、最低限の暮らしができるのか?というのも問題で、これは、世の中のことでもあり、自分のことでもあって。
自分がどう生きていきたいのか、ということが、世界のことと不可分になっていて。
そういうことを考えることを、どう言葉にしていくのかもまた見直すことになりそうで。

転機、なのだと思うんだけれども。
その変わり目に、変わらない何か、変えたくない何かを見つけ出し、それを通していく方法を考える、というのか。
そんなかんじになりそうです。
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2010年03月01日

節目づくしになる予感

やっぱり今年も今日くらいは真面目に日記を書くのです。
mixiの方で、1年間に増えたものがあるよね、と確認して感謝して。
重さも増えたけど、そっちは別の積み重ねでしぼっていくことにして。
ともかく、今年もこの日を迎えたことには感謝します。

いろいろと、今年は変わることも多いようです。
にわかに、まわりにせかされることも出てきたり。
どうにも気が進まないことは、ある程度勘を信じるとして。
やりたいことも、世界の中と自分の中から探し出して。
前向きに行こうと思います。
実験を兼ねて、前向きに行ってみます。
また来年の今日を元気に迎えて、たくさんのいいものを増やして、「すんごいいい1年だった」と言うことにします。感謝します。
posted by SAI at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月15日

ブログ4周年

今年はうっかり忘れそうになっていましたが、ブログ4周年です。ついでに、何周年だっけ?とボケておりました。うーん、だめすぎる。
すっかり止まりっぱなしのところ、とりあえず節目だけは意地で書いてみるのであります。

さてさて。1年前、これからまた「過去のつながり=自分の構成要素が明らかになっていって、そこからまた新しいつながりができていくことにはなるんじゃないかなあ」なんてことを書いております。
実際どうなったかというと、なんとなくそうなっていきつつある気配?

1年前時点では、mixi通して大学の友達の一部に社会派っぽい自分をさらすことになっていたわけですが。
今現在は、ヲタな方面の一部に、社会派含みの自分をさらすはめになっています。
このブログ以上に放置になっていたサイトを復活させたためなのですが、そうなるとサイトのために多くの時間を使うことになり、おかげで現在、かなりしっちゃかめっちゃかなことになっています。
ついでに、好きな芸能人の話など、両方でやっていることがさらにマニアックなっていったりもして、なにやら混沌としています。
もうちょっとすると、そこがさらに深くなっていくかも?という気配もあったり。

技術的な面では、ブログとかmixiとかいろいろやってきたという経験は、サイトの方にもけっこう生きていますし、もちろんサイトやっていたからこそのネットライフも、改めて進展中といえそうです。

では、これからの1年はどうなるんだろう?と考えると、おそらくこの傾向がさらに強くなっていくと思いますが、どこまでつながっていくのか、というより、どこまでつないでいいのか、よくわかりません。
なんとなく、より危なっかしく迷いどまどう歩みになりそうな気もします。
ま、グッドラック、自分、ということで。

ともかく、4周年です。ありがとうございます。
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2009年03月01日

自分改造から始まるまちづくり

そして、くにづくり、せかいづくり。(ほしづくり?)

節約ダイエットと、まちを楽しむ作戦。
これは、自分と世の中との関係を組み直すということでもあると思います。

基本的には、お金の使い方ということ。
食べ物のとり方=体の作り方。
ダイエットはそれと確かにつながっているし、そこからさらに着るものとの関係の変化につながっていく。体型によって、着るものも変わるから。
部屋の片づけは、住むところとの関係を見直すこと。
そして、自分がどう暮らしていくかは、世の中とつながっている。
まずは、今住んでいる場所で、自分のお気に入りを見つけたい。そして、お気に入りを買い支えたい。微々たるものだけど。

お気に入りばかりで自分の人生をつくっていくことと、素敵な世界をつくっていくことは、実はワンセットなんじゃないかと思います。
世界征服とか世界消滅を本気で考えている人でなければ。

自分にとって大事なものを、もう一度じっくり考えていくことを、改めてやりたいと思います。
それが、これからの1年の方向です。
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目標「まちを楽しむ」

なかなかやらない食い倒れ日記なんぞやってみたりしましたが。(店の名前とか出してないので、役に立たないしろものですね)
基本、「誕生日は自分だけのために」をいつもモットーとしております。
ここんところ、世の中のことと自分の生まれた日の因縁を考えずにはおれなくて、「じっくり立ち止まる日」が社会派傾向になっていたのでありました。

実は、2年前までは、この日は某ホームページの開設日でもあったので、その更新に忙殺される日でした。パソコンがビスタになってから、画像加工ソフトとかがうまく入らなくて、更新ストップするはめになっているのです。本当は、去年も今年もちゃんとそれやりたかったのですけど。

さて。
今回、近所のお店を回りまくりという過ごし方をしたのは、節約ダイエット解禁日というのの他に、これからの目標にも関係しています。

「まちを楽しむ」ということ。
特に、自分の住んでいる近所をがっつり満喫する。

もともとは、おもしろそうなお店とか、ナチュラルなお店とか、とても巡りたいやつなのです。半分、社会科見学的なくらい。
でも、地元にいたときも、関東のこれまで住んでいた町でも、ほとんどできませんでした。
貧乏だというのが大きな理由ですが、特に世の中考えるイベントに行きまくりだしてからは、落ち着いて近所をうろつく暇というか心の余裕がなくなっていました。
衝動のままにイベント行って後の懇親会に行って、というのを続けていたら、金欠が悪化。というより、自分の生活制御不能、というかんじになってしまっていました。
体の方は、太るし貧血になるしで、休みの日は昼まで起き上がれなかったり。

これではだめだ、と、今年の元旦から本気の生活再生を決意してスタート。それが、世間一般的には「節約ダイエット」であるわけです。
これ始めて、なんか少しは丁寧にくらしているかんじがしてきました。

そこでさらに、これを続けつつ、「まちを楽しむ」というのも組み込もうと心に決めました。
節約しつつダイエットしつつ、気になるお店には行きまくる。

なかなか難易度高いですが、まずはこれから半年、今住んでいるところの契約更新時期まで、めーいっぱい、今住んでいるところをエンジョイしまくりたいと思います。
posted by SAI at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特別な日、食い倒れ日記

毎年この日は立ち止まってじっくり過ごす日にしているのですが、今年はゆるゆるです。

近所の「ちゃんとしたレストラン」に行きました。なにやらすんばらしいシェフがやってるお店らしくて気になっていたのですが、なにしろ一緒に行く人もいないし、それなりに高級なかんじだしで、入るきっかけがなかったところです。
1か月ほど前に、では、誕生日にそこに行こう、と決めたのでした。
実際の値段は、ランチなら普通の洋食屋ぐらいなので、本来特別敷居が高いわけではないはずなのですが。
ふんぱつして、肉料理・魚料理・パスタ料理全部のってるワンプレートセット1500円也を頼みました。
量は少なめですが、本格的な欧風料理のフルコースメニューを何口かずつ食べるかんじで、なかなかお得感がありました。特に肉料理のチキンは、しっかり煮込まれていて「鶏肉って、こんなになるんだ!?」と新鮮でした。圧力なべがほしいと、改めて思ったり。

量的に、これなら昼のうちにもう1件行けるな、と思い、2週間ほど前にみつけた、誕生日の人は無料メニューのあるカレー屋さんに足をのばすことに。
しかし、1人で誕生日メニュー頼むのは初めてなもんで、どうしていいのかよくわからず。ひたすら誕生日メニューをガン見していたら、お店の人(店長さん?)が気づいてくれました。いやはや、かたじけない。
これだけ食べるのも気がひけたので、ラッシーを注文。
タイ風カレー、絶品。至福!なかんじにひたるのでありました。
後味はさっぱりなんだけど、体の中でスパイスが働いているようなかんじ?が続くのがなんか気持ちいい、ほんとにすんばらしいカレーでした。

夕方、まだお腹はふくれている状態ながら、欲の皮つっぱらせて、もう1件、バースデーパフェをサービスしてくれるカフェバーに突入。
やっぱり、誕生日なんです、を切り出すのが緊張するんだけども、平気なふり。
やっぱりそれだけではあんまりなので、飲み物と、コロッケを注文。
先にきたコーヒーをすすっていると、照明ダウン。ケーキのろうそくがわりの花火をパチパチさせながら、パフェ登場。
これ、何人かで行ってたら盛り上がるんだろうなー、という演出ですね。でも、今回客が自分しかいない時間だったんだけど、ほかにお客さんがいるときもやるのかな?とちょっと疑問。そこにいる人全員で盛り上がるものなんでしょうかね。
大きめのチョコパフェで、甘さはそんなに強烈ではないから、ほどよいボリュームで食べきれるかんじだと思います。ふつうだったら。
サイドメニューのコロッケは、本来お酒のおつまみにするものらしく、普通のコロッケが2個野菜といっしょに大きめの皿に乗ってやってきました。
もともとお腹はいっぱいで来ていたので、これで完璧食い倒れ。
食べ過ぎて動けなくて、駅ビルでしばし座り込むことになるのでありました。

1つ1つはおいしいものなので、本当は別の日に楽しむのがいいんだろうなと思います。

というわけで。
このブログとしてはめずらしく、ただの食い倒れ日記になりました。
誕生日にこんな状況は、さらに珍しい。
最近、とことん節約ダイエットをやっているところで、今日はそれをおおっぴらにお休みする日だったのです。
単発の逆療法だということにしておきましょう。
posted by SAI at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月09日

長崎から、つながっていた

そして、長崎原爆の日。
これを書いている今は、まだ11:02になっていません。
63年前のこの時間は、「その瞬間」を迎える前。戦争中だけどいつもどおりの日常がずっと続くと思っていた、ふつうの日だったでしょう。

そんな日を描くことから始まるマンガに出会いました。
ゴールデンウイーク中に開かれた、「9条世界会議」にて。

『夏の残像 ナガサキの八月九日』
どこかの物販ブースに残っていた最後の一冊。
「本格的なナガサキのマンガですよ」と、売っていた人は勧めていました。
ページをぱらぱらめくってみると、どうやらマンハッタン計画のことなんかも描かれているようで。確かに本格的・・・と思いました。
もうひとつ、ちょっと気になることがあったりもしつつ、買って帰りました。

東京に住んでいる高校生が、長崎のおばあちゃんの家に行くことから始まる、「数カ国の旅」。
マンハッタン計画、懸命に治療にあたった医師、外国人被爆者、ヒロシマ。
「なぜ、長崎に?」というより、「なぜ、浦上に?」というところに、少しだけ触れているのにも、意味があり。
被爆者の祈りの奥にあるものに踏み込んでいるかんじでした。

そうして読み進んでいるうちに、気になっていたことがほぼ確信に変わりました。

「この画風、見たことがある」

あるキャラクター、ずっこけ方、ある食べ物の登場シーン・・・
思い出した。
この絵は、「夏 長崎から」の同人誌、『TOGETHER』の挿絵と同じ画風なんだ!
そこで初めて、著者の名前を確認しました。
西岡由香さん。
確かに、その人でした。
気づくの遅いよ、自分。

毎年行われてきた「夏 長崎から」で、同じ場所同じ時間を過ごしたはずの人のその後に、ふいに出会った。
あそこにいた1人1人が、確かに、自分で続きを紡いでいる。
その具体例を目の当たりにして、改めて感激しました。

プロフィールを見ると、この西岡さん、今は『週刊金曜日』の4コマ漫画を描かれているそうで。
さらにびっくり。

長崎は遠くない。
前の記事と矛盾しますが、そんなことを思った「再会」でした。

ちなみに、西岡さんとは直接話をしたことはほぼない(それこそ、コンサート会場で同人誌を買うとき「これください」「★円です」というやりとりはやったかもしれない程度)ので、面識はありません。
posted by SAI at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月06日

夏 それぞれの長崎から

広島原爆の日。
一昨年まで、「夏 長崎から」という、さだまさしさんのコンサートが行われていたことは、何度か書いたことがあります。
そのコンサートが20回目で終わりを迎えて。
去年は、今度は長崎の日に広島で、さださんのコンサートが開催されたようです。

一方、長崎では、さださんの妹佐田玲子さん中心に、「夏!まだまだ長崎から」というコンサートが8月6日に開催されていました。
・・・・・・というのを、つい昨日知りました。
はい、前日になって、「今年も広島でやるのかな?」と思って調べて初めて知りました、というわけです。

さださんが長崎にまいた種。
それを長崎の人たち自身が育てる第2ステージ。

今日はその2回目だったはず。今頃は打ち上げに突入しているのでしょうか。

自分の場合、関東に来て、一番遠くなったものの一つがこのイベントかもしれません。
冠婚葬祭がまとめてやってきた今年は、地元も遠くなったと痛感したけれども。

九州にいれば、一緒にできたかもしれないこと。
だけど。
今、関東にいるからこそできることがあり、一緒に何かをやれる人たちがいるのも確か。

忘れてはいない。
だから、今ここから、また始めようと思います。
posted by SAI at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

ブログ3周年

いつの間にか7月です。なんかすっかり、節目に日記書くだけのブログになり果てておりますが。
本日、当ブログは3周年を迎えた模様です。
ありがとうございます。

この1年は、すっかりmixiの方がメイン状態になっていて、こちらのブログは覗きもしない日の方が多かったです。
が、mixiとはマイルールが違うので、今後も使い分けしながら2本立てでいくつもりです。これからまた、更新頻度を上げていきたいと、真面目に思っています。

毎年同じようなことを書くのですが、この1年で、確かにまたネットの次のステージに行ったのではないかという気がします。

最初の1年は、ともかくブログを書いていました。
日記ブログのはずが、なんか社会派?ブログになっていってしまったのでした。

このブログを始めてちょうど1年が過ぎたところで、mixiに参加しました。
それで、2年目は日記2本立てで、2つをどう結び付けようか、なんてことを考えながら過ぎました。
なんとか、「つながった!」ということが何度かありました。これは自分でもびっくりでした。

そして3年目、「次のステージというのもあるような?」と、漠然と予想していましたが、それなりにその方向に行った気がします。
3年目のステージは、これまでいろいろなジャンルでかかわってきた人たちと、ネット上でもう1回つながりなおすという方向でした。
mixiの方が中心ではありますが、大学時代の友人に、SAIである自分をさらすことになりました。
あと、ヲタジャンルについても、微妙に白状しかけたところで、今日を迎えているかんじです。

んー、一応進歩しているのか?(笑)ちょっとドラクエのレベルアップの音が聞こえる気がするぞ。

ネットでのレベルアップ?は、実生活が反映しているともいえます。
生身の自分自身も、いろいろと移り変わっています。ほんとに、過去現在未来うろうろ、というかんじになりつつあるというか?

そんなこんなで、これから4年目になるわけです。
これからの1年で、さらに過去のつながり=自分の構成要素が明らかになっていって、そこからまた新しいつながりができていくことにはなるんじゃないかなあと思っています。
気分転換のために、あえて切り離しておきたい部分もあるわけなんですが、一方で、自分の中のギャップをいい方に埋めていきたいという気持ちもあり。
一言で言うと、「言えないこと」を減らしていきたいなということ、かも。

というわけで、今年もこの日はきっちり立ち止まって、日記を書いておくことにいたします。
posted by SAI at 20:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月01日

スタート地点

過去5年毎年この日にやってきたことにとりかかってはみたものの・・・作業に必要なソフトの一つがインストールできない。OS変わったから?
ともかく、そっちの作業は、今日はあきらめました。ブログ書くのに残りの今日を使います。

本日、自分の人生のスタートの日です。
月の初日というのは、いろいろと区切りをつけて始めるのに便利なので、個人的になおさら特別な日になっています。
元旦リベンジというかんじで、これまで1年間にあった悪いことをきっちり過去に葬り去り、よかったことを次のステップに引き継ぐという日にしています。
悪かったことは、いちいち思い出している暇もないので、昨日付けで打ち止めにしたことにして。これからの1年の抱負らしきものを考えておくことにします。

基本をとことん極めること。

一言でいうと、それにつきます。
mixiの方とかぶるのですが、「命」「社会」「政治」「核」その他もろもろについて、「これってどんなものだっけ?」「どんなしくみなんだっけ?」というのを、改めてここで確認しておこうということです。
これまでの1年というのが、どうもその準備期間のような雰囲気なもので。
いわゆる「社会派」ってやつの隅っこをやるようになって3年ぐらいになるのですが、その間、目の前の問題にどう動くか、ということに振り回されてきたかんじがします。流行に流されているようなかんじ?世間的にマイナーな方にいるのに、いるからこそ、日々に追われるかんじがするし、考えずにはいられない。

そんなかんじで来ていたけど、いいかげん、基本をきっちりおさえようと思うようになりました。
これまでの1年間、そう感じる状況がいろいろなところであって、「ああ、今はそういう時期なんだな」と感じてきたのです。

いろいろな問題の中で、「自分の考えはこれで、きっと逆にいくことはないだろう」というのは固まっているものがけっこうあります。
それについて、「なぜそうなのか」というのを、はっきりさせてみた方がいいとも思います。
おそらく、それは多少なりとも、他の人にも通じるところがあるものなんじゃないかな、という気がしています。

「ほんとう」を追いかけてみる。
誰もが納得できるように、それを言葉にできれば。

そもそも、基本を忘れてしまっているから、世の中が「なんかおかしい」状態になっているってことでもあると思うわけで。
その「基本」ってやつを、本当に応用して使える域まで、自分の中に叩き込んでいきたい。

「ほんとう」を探す冒険みたいな人生を、ひとまずこれから1年やってみよう、ということです。
mixiの日記のコメントで、「最高の一日のかけらを探すような日々」なんてことを書いています。
宝探しのような日々。
とりあえず来年の今日を「完成」の日ということにして、自分の中に「ほんとう」地図、「最高の一日のかけら」地図なんかを、今日から描いていこうと思います。
posted by SAI at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1年たって、一言以上

引っ越し&パソコンの故障以来、なんとなくmixiの方に偏ってしまっている今日この頃です。

去年のこの日は、本当に、ブログには一言だけ書くのでいっぱいいっぱいな状況でした。今の仕事が決まったのが、去年の2月27日で。転職するなら引っ越さなければならなくて。なにしろ、進学・就職・異動の多い時期だから、新しい部屋を探しにでかけたら終電ギリギリになって。不動産屋とのやりとりもプレッシャーで、「ああもう!」ってな日になって。
それから1週間ぐらいして部屋を決めたらそこが史上最悪で。
半年してまた引っ越すことになったというのが、そのあたりの状況でした。
わざわざ嫌なこと思い出さんでもいいんだろうけど、今さら説明してみます。

まあ、その史上最悪な部屋で今日を迎えずにすんだのは、それだけでとても幸運であるな、とも思います。

で、この日にどたばたしてしまったから、いろいろかみ合わないことばっかりの1年になったんだよな、と思うものだから、今日はとことんゆっくりすることにしました。
昨日夜更かししてしまったせいで、スタートが遅くて、毎年この日にやっていたことをやるのが難しそうな時間になっています。去年はどうしてもそっちを優先しましたけど。今年もそれは今日やっておきたい理由があるのですが、できなくてもまあいいことにします。
なにしろ、パソコンにソフトを2つ入れるところからやんないといけないもんで。

それより、いろいろとしっかりブログで振り返っておきたいと思うわけなんであります。
ありますが。あんまりにも間をあけてしまったもんで、これも感覚がわからない状況です。気持ちについてはmixiの方で書いてしまったしな。その詳細版という手もあるけど、さてさて。

この日にやるぞ、と決めていることはいくつもあるのに、すべてネタをつめていないという、ほんとにのんびり全開です。
それはそれでよしとしましょう。
結局、もう一方が気になってしょうがないってことのようなので、とりあえずとりかかってみようかな。

うーん、やたらと意味のない記事になってしまいました。ヤレヤレ。
posted by SAI at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

チョコレート風の化石

1週間ほど前、mixiの方で、「Song for a friend」というタイトルで日記を書きました。
さだまさしさんの歌のタイトルです。
「たとえこの恋が終わっても信じあえる友達でいよう」という願いを描いた歌。

バレンタインデーの今日は、またその歌を思い出したりしました。
そういえば、当たって砕けたのをぶっちゃけたバレンタインもありましたっけ。(遠い目)

好きな人には振り向かれないことばっかりの自分でありますが、これまで好きになった人のことは、今でも嫌いではありません。傷つけあうほど近づかなかったから、ともいえるかもですが。
元気でいてほしいと思うし、ちゃんと幸せになってやがれ!と思います。自分と付き合ってた方が幸せだったじゃん、なんてのじゃ、なんかむかつく。(笑)

で、「ずっと幸せに」と思ったら、別のさださんの歌のフレーズが頭の中を流れだしました。

「God Bless You あなたが 永遠に 幸せでありますように」

「天然色の化石」という歌です。

つづけて、その歌全体が、頭の中でめぐります。
「5億年後、もしもあなたと僕がならんで化石になっていたら、それをみつけた次の人類は、2人がこんなに愛し合っていたことに気付いてくれるのだろうか」
そう問いかけるフレーズもあります。
そこに、祈りのようなものを感じました。今ここにいる愛する人、未来の人類、両方を思う、願い?

そういえば、この歌、以前もこのブログで取り上げたことがありました。
おととし、初めて浜岡原発のあたりに旅をした後、「天然色じゃない化石」というタイトルで記事を書いています。
ガラス固化体がテーマでした。

今日、六ケ所再処理工場では、そのガラス固化体をつくる第4ステップの試験がうまくいかないのをほっといて、最後の第5ステップに進んだということです。
今日、原子力安全保安院で、進めていいという許可が出て、さっさとやっているらしいです。
そりゃあ、プルトニウムをつくるという作業には、ガラス固化体をつくる作業は、直接関係ないのかもしれないけど。
うまく固まらないガラス固化体。
つくっていいものでもないのだと思うけれど。

バレンタインデーは、愛する人にプレゼントを贈り、気持ちを伝える日ということになっています。
一部企業のもうけのため、と言われながら、日本では、チョコレートを贈るものとなっています。
とろけるような、甘く苦い思いを形にして、届けるってことでしょうか。

固まりそこねの、とろけるようなガラス固化体を、いったい誰にあげようというのでしょう?
それこそ、一部の人々のもうけのために生み出されているものなのでは?
甘く苦く、いろいろな願いのこもった、天然色じゃない化石。
いろいろな願いをこめながら、でも、それにかかわる人たちは、大事な何かを見失っているんじゃないかという気がします。
クールに、「ほんとう」を探し出して伝えなければならないと思っている。けど、今日は、感傷的でも、語らずにはいられませんでした。

大事なものを、思い出してほしい。

「God Bless You あなたが 永遠に 幸せでありますように」
posted by SAI at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月14日

超久々更新復活です

ごぶさたいたしておりました。
ほぼ5か月ぶりにブログを書いていることになりますね。

実は、盆明けからネットがつながらない不具合が多発するなあ・・・と思っていたら、パソコンが壊れまして。
ちょうど同じ時期に、4月から住んでいた家に嫌気がさすのもピークに達して引っ越しし、ネット環境の方もなくなりました。

それからパソコンとネットを物色する日々となったのですが、それを年末までひっぱりまして、環境が再び整ったのが昨日というわけです。
ブログですから、外からでも更新は可能なのですけど、時間いくらの環境では、落ち着いて文章考えていられないのです。
一応、このブログより1年遅れて始めたmixiの方では、たまに書いていました。
あっちの方が、ケータイから書きやすいし、短くしょうもないことも、がモットーでやっているので、楽なのです。

mixi始めたときから、このブログとの関係は迷っていましたが、しばらくmixiのみ更新が続いてみると、一方だけ更新しているのは、確かに余計なこと考えなくてすむなあと感じました。
が、一日一回のみ更新で短く書くには限界があります。書きたいと思っていて書けなかったことも出てきました。それが後で新聞なんかでも鍵として書かれるようになると、「今からだと便乗してるみたいに思われそうだ」なんてちっちゃいことを考えたりもして。なんか、”今やろうと思っていたときに「やりなさい」と言われたときの気分”というか?
新聞の社説に出るってのは、つまり別に誰だって考えることだってだけなんですけどね。日記書いてて、なんか当たり前のことしか言ってないよな、と感じることも多かったです。短いと、当り前のことだけで文字数うまってしまうこともあると。
そんなこんなで、やっぱりメインはこちらのブログだと、今も思っていますので、これからまた更新復活といきます。

それにしても、どうもブログの内容欄に直接書こうとすると、キーボードの反応がむちゃくちゃ悪くなるのはなぜですか?
外付けでも同じなので、キーボードのせいではないようです。メモ帳使って書くと普通なので、やっぱりブログのサーバーとパソコンの相性が悪いってことなんでしょうか。めんどくさいなあ。
メモ帳で書くと、イマイチ長さがわからないのですが、そういうことならしょうがありません。下書きしてコピー&ペーストといきましょう。
投稿時エラーが出た時はむしろバックアップがあって安心です。(負け惜しみ)
そこら辺、更新頻度に影響しそうな気もしますが、もともと誰に頼まれたわけでもなく気まぐれにやっとる個人ブログです。ぼちぼちいきます。

ってことで、改めまして、今後もよろしくお願いいたします。
そういえば2008年初ですので、ついでに、今年もよろしくお願いいたします。
posted by SAI at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

終戦記念日と遠い夏の怪談

唐突ですが、小学生のころ従姉に聞かされた怪談を。

夜、一人で寝ているとき、トントンと戸を叩く音。
そして、問いかける声。

「あなたは男ですか、女ですか?」
そのときには、「男です」と答えなければならない。

「あなたには手がありますか?」
「足がありますか?」
そのときには、「ありません」と答えなければならない。

そして、最後の問い。
「あなたは生きていますか、死んでいますか?」
そのときに、「生きています」と答えると・・・

「あなたを殺す!」
(と、霊が襲い掛かってくる)


このとき、従姉も子どもだったので、実際には「こう答えないといけないんだって」というような口調でした。
最後の一言が鬼気迫っていて、それから1年ぐらい、一人でトイレに行くのが怖かったものです。

これは、戦場で死んだ兵士の霊が出る、という話です。
インパクトが強かった分だけ、後で、でも女の人も空襲や原爆でたくさん死んだんだよね?と疑問を持ったりもしました。

久しぶりに思い出した今日は、化けて出る相手が違うのではないか、と思いました。
戦争に行かなければならない状況を作り出した人間にこそ、化けて出るべきなのではないかと。
けれども、無念のうちに死んだ兵士の霊が、すべて忘れてのうのうと生きている人のところに現れるのも、間違ってはいないんだろうな、とも思います。

彼を殺した戦争には、直接関わっていないけれども、「戦争」というもの全般に対しては、自分たちにも責任があるでしょう。
忘れてはならないのは確かです。

戦争で亡くなった人々の冥福を祈ります。
そして、これから先、戦争をつくりださない道を選んでいこうと思います。
posted by SAI at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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