2006年04月01日

昔もリーダーのことを考えた2

えー、前の記事は、実は前フリです。状況説明が長くなりすぎました。
これから、タイトルどおりの話をします。

高校時代の生徒総会のとき、自分は生徒会長が全てに答えるだろうと思っていました。
委員会では、生徒全体のことを考えて話が進められていたはずだと信じていました。
それは、生徒会に友達がいたので、その友達から、生徒会長がどういう人なのかとか、日ごろどんなことを考えているのかとかを、よく聞いていたからです。
いろいろな先生とも仲のいい人だったのは、同じ補習を受けたこともあったので、見て知っていました。
まあ、そこそこ情報があったので、信用できました。

生徒総会で、一般生徒と生徒会が対立するかのような構図になったとき、「改めてじっくり考えた方がいいのでは?」と言いたかったのは、どっちかというと生徒会の立場を考えたからでした。
じっくり考えてきたのは知っている。だからこそ、ここで生徒全体の意見と食い違いがあるのなら、それはじっくり解決してほしい。
そんなかんじのことを思っていたのでした。

この「自主規制」の件は、生徒総会で出た意見の方を採用する形で、一応まとまりました。
もっと話をして、提案を含めていろいろ詰めることもできたらもっとよかったかも、というのはありますが、生徒全員参加の場で出された意見を選んだことは、いいことだったんではないかと思います。
委員会で重ねられてきた話し合いは、生徒全体からの意見を引き出すきっかけとして生きたことになるんじゃないかと。
まあ、その「自主規制」というもの自体が、限られた条件の中での、(学校設立に関わった大人たちに)仕組まれた実験みたいなものだったとはいえますが。
そして、生徒会長本人が、このときの結論についてどう思ったのかは、自分にはわからないのですが。

またよくわからない話になってきました。ちょっとした思い出話をするだけのはずだったのですが。
実を言うと、自分、この生徒会長に憧れていまして、それで友達がいろいろ情報をくれたりしていたわけなんです。
で、生徒会長に憧れていたために、リーダーってもののことを考えるようになっていったのだという話なんです。実は。
ちと自分の心理的にこっぱづかしい話なので、エイプリル・フールに話すことにしただけなんです。
あーあ。説明が長すぎて、理屈っぽくなっちまいましたよ。思い出話ぐらい、もっと軽くやわらかくやろうよ、自分。
posted by SAI at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昔もリーダーのことを考えた

おととい、再処理とかプルサーマルの関係で、知事の心境を勝手に考えました。
昨日、それは自分が臆病だからだと言いました。
その後、思い出したことがありました。似たようなこと、ではないけれども、ちょっとつながるかもしれないこと。

高校時代のことです。
当時できて間もなかったその高校で、服装について「校則」ではない「自主規制」をつくろうという試みがありました。
靴下の色とか、髪につけるリボンの色とかに関することで、しょうもないといえばしょうもないことについて、生徒が話し合って決めることになったのです。
多分、2学期に入ったころからだったと思いますが、生徒会長を中心に、委員会のようなものができました。生徒は誰でも参加できる形で、だいたい週1ぐらい、放課後集まって話し合いがなされていました。
ただ、この高校、7時間目の後に混合クラスの8時間目ともいうような補習があったので、自分は参加できませんでした。
やがて、3学期になって、その委員会の話し合いをもとに、生徒総会が開かれました。
生徒会ではない人が議長に立って、生徒会と生徒の間で質疑応答するという流れです。

思いのほか、質疑は盛り上がりました。
白リボンの材質についてという、どえらくちっちゃい問題で、いくつか質問が出て、生徒会長が1つ1つ答えていきました。
自分は、委員会でかなり話を詰めていたようだから、答えられないことはないだろうと思っていました。
実際、生徒会が答えられないということはなかったのですが、途中からなんだか一般生徒対生徒会の対決?という雰囲気になってきました。決して、生徒会が委員会案をごり押ししようとしていたわけではないのですが。

その流れを見ていて、自分も言いたいことができていました。
「もう1度、この総会の話を持って帰って、さらにじっくり話をした方がいいんじゃないですか?」というのが、それです。
が、時期的に、生徒会も次の代に変わる直前だったし、あんまり時間がないのはわかっていました。それで、その発言はしませんでした。

状況は全然違うけれども、「再処理工場やプルサーマルのことは急いで決めないでほしい」と知事にメールをしたことは、その高校時代のことにルーツがあるのかもしれないなあと、ふと思ったのでした。
その生徒総会があったのは、自分が初めて「関東に住みたい」と思った少し後のことなので、やっぱり年齢が2倍になるころに、そのとき言わなかったような一言を言うことになったわけです。
偶然ですけどね。
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2006年03月25日

ビビっています

六ヶ所村再処理工場関係で、メール送れそうなところに送ってみています。
しかし、オンラインショップだろ、これ、というようなところとかからみると、あんまり印象よくはないんだろうなあ。
いつか買うこともあるんだろうけど、不快に思われたりしないかな、とかいらんこと考えます。
そもそも、文章的に大丈夫なのか?というのもあります。
本名一本勝負は、その点、けっこうビクビクものです。
ブログ書いてる方がまだ気が楽です。

本当は、各地の地場産業でがんばっている人たちとは、もっとじっくり知り合いたいのです。
その場所に出かけて、名産品買って、情報交換というより世間話みたいなのをして、いっしょに楽しくなりたいのです。
いやまあ、相手の方が自分と話をして楽しいのかはまた別問題ですが。
というか、先に世の中のことを一緒に話せるくらい仲よくなっていればよかったってことですよね。
今からだと、なんか運動に参加してもらうために近づいているみたいに見えそう。

今、核関連の問題を中心に行動することが、今後の自分にどう影響するのかなあ、と、漠然と不安になることもあります。
相当小心者なもんで。
もっと動いている方とかは、そういうのはすでに乗り越えられているんでしょうか。

ビクビクしています。
それでも、すでにうっかり行動しています。
おっかないけれども、自分の望むこと、望まないことを、はっきりさせなきゃいけないよな、と思うようになりました。
それで、自分の好きなもの、やりたいこともちょこちょこわかったりもしています。
なかなか、「自分がどう思われてもこれは伝える」というほど潔い気持ちにはなれませんが、ま、かっこ悪くやっていくしかないんでしょう。
やっぱり、嫌われたりうるさがられたりするのは怖いんですけどね。

そういえば、去年の12月にデモの話をしていたころ、「チキンハート」なんてタイトルで、自分のビビりっぷりを吐露しようと思ったことがあったなあ、と、ふと思い出しました。しょうもな。
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2006年03月23日

愛・地球人

パクリなタイトルをつけているのも恥ずかしいですが。
さらにこっぱづかしいことを書かせていただきます。

自分、人間を愛しています。多分、地球を愛するのと同じくらいに。

・・・・・・・・・・・・恥ずい。

いやしかし、ここ最近記事を書きながら、どうもそれを認めるしかないなあと思いまして。そんでもって、世界のどこかで愛を叫びたくなってしまいまして。

地球にとっては、進化の途中過程のほんの一部にすぎない人間ですが、世界をつくろうといろいろやっているわけなんですよね。
人間が地球をつくるわけではないけど、地球の上に社会をつくる。
どうすれば幸せに生きられるのか。自分のことだけでなく、他人のこと、みんなのことも考える。
そして、いずれ地球のことを考えるというところにたどりつく。
そういうのが、多分人間の本質なんだろうと。
それを、かっこ悪くて、きれいだと思います。

地球が、意思や感情を持っているわけではないんだろうけれども。
生命が生まれたこと、そして人間が生まれて、大事な人たちが生きていること。
その奇跡は、愛によって導かれた。というか、そのステキな偶然をもたらしたよくわからない力に、感謝をこめて愛という名前がつけられたのではないか、なんて思ったりします。
その力は、今も人間を生かし続けているわけで。それは、今も自分たちとともにあり、自分たちの中にある。

・・・・・・・・・・・・やっぱり、恥ずい

んだけども、幸せに暮らせる社会をつくる方向を考えてがんばっている人たちに触れると、それで自分は幸せになるらしいのです。
そういうことをできる人間というものを、どうやら好きらしいのです。

こんなことを言っていると「幸せな人ですね」と皮肉を込めて言われそうですが、確かにその通りだと思います。(苦笑)

もちろん、悪意というものが存在すること、自分の中にもそれがあるだろうことはわかります。ものすごく暗重たくどろどろな気持ちになることもあります。
それでも、人間が好きなので、人間のいる地球の明るい未来を考えるのです。

・・・・・・・・・・・・もだえるほどに恥ずいけれども。
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2006年03月18日

街と祭りと遊園地

昨年は、「愛・地球博」に何度か出かけました。
アホみたいにはまってしまって、仕事終わって夜行快速に乗って出かけ、丸一日過ごした後また夜行快速で帰ってきて、そのまま仕事直行、なんてことをやっていました。
7月と9月に行ったので、夏と秋の様子は見ることができました。春に行かなかったことを後悔しています。

基本的に、お祭りが好きです。
学園祭に惚れてしまうくらいだから、推して知るべしというかんじですか。
その他、イベントなんかも出かけます。

が、遊園地はあんまり得意じゃないです。
絶叫系の乗り物は具合悪くなるというのもありますが、ただ乗っかってシェイクされるのに金払おうという気にならないというのもあります。
そういう系統で好きなのは、水上コースターというやつぐらいです。
観覧車もわりとよく乗るので、基本的に、景色の見えるものならオッケーというかんじになるんでしょうか。
動物園とか水族館なら、けっこう楽しめます。

遊園地に行くんだったら、商店街の方がいいです。
特別買い物しないにしても、たらたら見て回るのが楽しいのです。
変わったお店なんか見つけると、なんか嬉しくなります。ちょっとした宝探し気分です。
その地域特有の何かをみつけるのも楽しい。

まとめると、なんとなく生活の臭いがして、人との交流があって、何かにぎやかな感じがする場所が好きということになるようです。
展示会とか出店の並んでいる場所なら、かなり浮かれるでしょう。

それは、ロールプレイングゲームで立ち寄る街の感覚に近いのかもしれません。
そこで手に入れたものや情報をもとにして、次に行きたいところが決まったりもするし。

そういうところに行くと、「この世界が好きだ」なんて思ってしまいます。ちと大げさですか。
やりたいことがわからないと思ってきた時間が長かったですが。
そういう場所をつくったり守ったりしていきたい、というのは、どうも間違いないようです。
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2006年03月17日

商店街は楽しい

先日、ちょっと用があって、高円寺に出かけました。
早く着いたので、駅から商店街を適当にぶらぶらしてみました。
なんというか、活気あるなあ、と思いました。この辺って、駅前商店街が栄えているものなんですか。
普通に人の集まっている商店街というのが、なんだかものめずらしかったです。

今住んでいる辺りの中心商店街は、駅に着いて初めて歩いた時、あまりの寂れっぷりにびっくりしたものでした。商店街のお店のほとんどは、ショッピングセンターの中に移ってしまっているとのことです。
地元の中心商店街もすっかり寂れていました。15年ぐらい前までは、けっこう賑わっていた気がするのですが。
その他、九州〜山口の駅近辺の商店街をいくつも見たのですが、寂れているかんじのところが多かったです。
移転したり閉店したりで空家になった店舗が目立って、ちょっとしたゴーストタウンの様相を呈していたのです。
その分、郊外のショッピングセンターやバイパス沿いなどが、人が集まって明るい雰囲気になっているのがパターンのようです。
ドーナツ化現象の典型?
最近の状況はわかりませんが、中心商店街の活性化は、どこの市町村も課題にしているものだったりするんですよね。

それで、普通に賑わっている駅前商店街というのが、妙に新鮮だったのでした。
街全体の人口にもよるものなんでしょうか。
商店街全体としてのイメージづくりなんてのが効果を発揮しているのでしょうか。
ちょっと研究してみたい気分になりました。

賑わっている商店街というのは、ちょっとした博覧会のようだと思うのは、自分が田舎者だからでしょうかね。
というか、博覧会とかお祭りとかいうのの方が、街をモデルにした模型とか遊びとかに当たるものなんじゃないかと思ったり。

いやはや、もともとまちづくり関係の仕事をしたいくらいのやつなので、ちょっとワクワクしてしまいました。
花見がてら、近場の商店街めぐりの旅でもしてみようかな。
posted by SAI at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月11日

ミニスカートはいくつまで?

話題の方向がやたらと変化して情緒不安定そうに見えますが、ブログなので、そのまんま適当に放り込みます。

本日、映画「百合祭」の上映会です。
老年といわれる年齢になった女性の心と性がテーマだと思われます。
映画に直接関係はないですが、最近ちょっと考えたことがあります。

例えば、見た目どう見ても20代半ばぐらいの、実は60歳の女性がいるとします。
その人がミニスカートをはいて、ものすごく似合っているとします。
これは、男性諸氏からみたら、萌えの対象になるのか、気味悪いのか、どっちなんだろう?
似合っていればオッケーなのか。
年齢が高いということそのものでNGなのか。
(一般的にミニスカートをはくというのが、日本独特のものであるらしいのは、ここではおいときます。)

なにゆえそんなことを考えたかというと、ダイエットの動機付けとしてです。
「ダイエット成功したらミニスカートをはくぞ!」という目標は、年取ってからでも持っていいものなのかどうか。
本人が勝手に持つ分には、もちろん問題ないんでしょうけど、客観的にはどうなんでしょう。
実際60歳でミニスカートをはいていらっしゃる方には失礼な疑問ですが。
芸能人とか、ウォーキング教室の先生なんかだと、何歳になってもミニスカートをさっそうとはいていらっしゃる方もあると思います。
自分は一般ピープルですから、人の評価にビクビクするのです。

太っていた期間が長いほど、ダイエットも長丁場になるし、成功してもキープする努力は一生続くものです。
「やせたらミニスカートをはくぞ!」と、いくつになっても思っちゃっていいのか?
実際、そういう動機付けをしようとしている自分にとって、気になる問題だったりするのです。(20代半ばでもないけど、60歳でもありません。念のため)
そりゃまあ、太めでも、ミニスカートぐらいはいてしまえばいいんだろうけど、自分にはできなかったんですよう!でも、はいてみたいというのはあるんですよう!
森高千里さんの「私がオバサンになっても」という歌にも、「ミニスカートはとても無理よ」なんてフレーズがありますが、やっぱ無理ですか?

あと、こういう、女性にとってのミニスカートにあたるような若さの象徴的なものは、男性にとってはどんなものがあるんだろう?というのも気になります。

そういう、しょうもないこと考えながら、上映会行ってまいります。
posted by SAI at 11:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

参加イベント2005.12〜2006.03

ここで、昨年末から今日(3月6日)までに参加したイベントをまとめておきます。
今後レポートその他書く場合に多少はわかりやすいかなということで。

12月22日
 「LIVE-S」
12月25日〜1月7日
 「ブログで囲もう浜岡原発」(オンライン)
1月20日
 「映画日本国憲法」上映会
2月4日
 講演会「イラク報道の虚と実」
 3人のジャーナリストが登場。
 第1部:安田純平さん、綿井健陽さんの講演
 お楽しみタイム:加藤健次郎さんのバグパイプ演奏
 第2部:3人のパネルディスカッション
2月20日
 「イラクニ接近ス」上映会
 (安田純平さんと谷澤壮一郎監督のトークイベントあり)
2月24日
 「Little Birds−イラク 戦火の家族たち−」上映会
 (綿井健陽監督講演あり)
3月3日
 「六ヶ所村ラプソディー」上映会
 (鎌仲ひとみ監督トークあり)

改めて並べてみると、ちょこちょこ何かやってますねえ。
去年も、関東に出てきたばかりの1月から3月までの間に、ちまちまイベントに行っていました。そういう時期なんでしょうか。
イベントに行くと、別のイベントのチラシをもらって、さらにそれに出かけて・・・という連鎖になるというのもあります。
お客として出かけるけれども、なんとなく準備や片付けを手伝っていることがよくあります。
チラシとかネット上とかで見かけて興味の沸くものがあると、ふらっと参加するのですが、今回この時期は、ちょっと内容が固まっているかんじですね。

さてさて、昨日本を読みながら感じた「つながり」を、どう話したものかなと、ちょっと思案中です。
多分、あんまり筋道立てて話すのは自分には無理だと思いますが、ぼちぼち記事にしていくことにしましょう。
posted by SAI at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

涙と、つながりゆく言葉

すみません、タイトルは思い浮かび一発です。

一昨日、「六ヶ所村ラプソディー」上映会の会場で買った本を読んでいました。
『「劣化ウラン弾」ってなに?』という冊子を一気に読み、どのまま止まらなくなって、鎌仲ひとみ監督の『ヒバクシャ ドキュメンタリー映画の現場から』の第1部を読みました。後者は、上映会の当日3月3日に出た本です。
第1部は、鎌仲監督が映画を撮ってきた歩みというか、映画「ヒバクシャ−世界の終わりに」と「六ヶ所村ラプソディー」を撮ることになった背景を語った部分です。

なんだか、いつの間にか涙が出ていました。
そこに描かれている人々のこと、突きつけられた状況、監督の思い、そういうことそのものから、まず何かがこみ上げました。
同時に、昨年末辺りから自分が触れたイベントたちが、1つにつながっていくような感じがしました。(錯覚?)
そして、鎌仲監督がこの本に綴られた言葉は、ここのところ自分がまとめきれずにいたものを鮮やかにまとめたひとつの形だと感じました。
もちろん、感じているものが、まったく同じものである、というわけではないはずですが。
自分が考えてつなぎきれなかったものが、言葉としてそこにあると思ったというと、なんか偉そうですが、何かすっきりするものがあったのです。
すっきりしながら、一方で、これを読む前に、もっと自分の考えを言葉にしておくんだったとも思いました。ちょっと、小論文の試験の模範解答を先に見てしまったような気分に近いかもしれません。
ああ、やっぱり偉そうだ。

イベントに参加するたびにレポート書いていたわけではない(むしろほとんど書いていない)から、何がどうつながったのか、人にわかるように話すには、いろいろと踏むべき段階が多すぎるかんじがします。
そもそも、つながっていく気がした、といっても、多分本当に自分の考えとしてまとまってはいないし、書いてみたら矛盾と飛躍だらけなんだろうと思います。
それでも、今、この感覚を話しておかずにはいられませんでした。

「六ヶ所村ラプソディー」を観ているときも、何度か涙が出ていました。
理由は多分、「ものすごく身近に感じたから」。

もう1冊の『「劣化ウラン弾」ってなに?』と合わせて、核に関して感じている不安の正体が明かされるかんじもしました。

今は、なんか感情レベルでこみ上げているもんだから、思考の部分でうまく言葉を選んでいる余裕もないので、また改めてまとめたいと思います。
本の第2部以降も読まないと、だし。
とにかく、気持ちが生々しいうちに、「泣けてしまった」という記録をしておきます。
posted by SAI at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

2人の自分が出会った年3

前2回でほぼ話は終わっているのですが、ちょっと付け加え。
2005年に、自分は初めて関東で暮らしたいと思ったときの2倍の年齢になったというのを話しました。
その年齢は、確か新規で国連職員になれる上限の年齢だったと思います。記憶が曖昧ですが、高校時代、国連の説明の本で読んだような気がします。
ただ、日本式に4月始まりの年度で考えると、去年の時点ですでにアウトだったかもしれません。
本当に曖昧で、間違ってたらマヌケな話ですが、とりあえず自分は、去年その年齢になったと意識しました。それで、余計に、関東に出てきたタイミングが特別に思えたというのもあります。
ある意味、1つ諦めたともいえるかもしれません。

一方で、「関東にいなかった年月」の間に、国連が万能ではないことにも気づいたし、そういう大きな組織に属さないからこそできることもあるかもしれないと思うようにもなりました。
もちろん、国連や、その関連組織で働くことは、世界の問題の最前線に立つ1つの有力な方法だろうと思います。そういうところでこそ見えることも多いのだろうと思います。
けれども、そこは、ものすごく努力しても誰もが入れるところではなく。(自分の場合は、途中そこまで努力したとはいえませんが)
それで、なんとなく、世界の問題に取り組むこと自体、敷居が高い気がしてしまうこともあるような気がします。
本当は、世界の問題につながる道は、ごく普通の人のすぐそばにもあるはずなのに。
というより、誰もが、世界の問題と関わりをもっているものなんですよね。

世界で起こっていることは、実はとても身近なことである。
世界の問題について、誰もが考えることができるし、世界のためにできることはけっこうあるものらしい。

そういうことに気づくために、自分は一度、地元での暮らしにはまってみる必要があったのかもしれません。
やっぱりこれもこじつけですが、そういう意味があったと思うこともできるかなと。
地元でのことにはまりこみすぎて、今度は世の中の動きから完全に取り残されてしまっていたのも否定できませんが。
なんというか、国連職員になる!なんて息巻いていたわりに、一般人になるためにさえものすごく遠回りしているっぽいですね、こりゃ。はあ。もう苦笑するしかありません。

そんなかんじで、やっぱり「大丈夫かこいつ?」な状態ですが。
世界中のみんなが幸せになっていけるように、誰もが気軽にできる方法を、ただの一般人として探してみたいと思います。やっぱり、華麗なる解決力がほしい、とか、今後も思ったりはするんだろうけど。
とりあえず、自分のやりたいことは何か、という答えには、なんとなく近づいているような気が、ちょっとばかりしてきています。ちょっとだけ。
posted by SAI at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

2人の自分が出会った年2

そんなわけで、はたから見たら冗談みたいに東大受験生やってた高校時代。
とにかく選択の幅は広くしておくということで、将来やりたい仕事という点については先送りにした形になったわけですが。
その間も、もちろん考えていました。
母校は、世の中の問題や心の問題などなど、友達どうしで話せるような環境でもありました。
みんなが幸せに暮らせる方法はないのかなあ、などと、普通に考えていました。
だから、将来の仕事も、世界の問題を解決するようなのがいいんじゃないかと思うようになりました。
そこで、自分の中に浮かんできた仕事は、国連職員でした。
東大に行けるものなら、その仕事につくのも不可能ではなさそうな気がしていました。
いつしか、関東に住むことと広く世界の問題に取り組むことは、自分の中で強力に結びついていたのでした。

なんとも単純思考のやつだなあと、振り返って自分で思います。
高校時代までは、やたらと世界のことを考えていました。考えすぎて、問題の大きさにおののいて、ユートピアの妄想に逃避するほどに。
それからやがて、妄想でなくて、現実に自分が問題解決していける道が、東大の向こうにあるかもしれないと思い始めるわけです。それもまた妄想というか、幻想ですが。
どちらかというと、自分の問題がそこで解決するような気がしていたという方が合っているかもしれませんね。
それで、実際にはセンター試験で失敗して東京で受験することさえできなくなったとき、そこで何かを落っことしてしまったようなかんじになったようです。
結果、地元の大学に行って、学園祭に惚れたりなんかして、かなりどっぷり充実の大学生活を送りまくって結果オーライになるわけですが。
大学に入ってからは、やたらと身近なことにどっぷりになることになったともいえます。
「東京に行って、世界の問題に取り組む」のでなく、「地元で身近なことにひたすらはまる」というように、見事なほど対照的になってしまったわけです。
それで、地元での日々を否定はしないけれども、「大学から東京に行っていた自分」という、もう1人の自分が、おそらくずっと存在していました。どこに?というと、実際は自分の中に、なんだけども。
「東京には、もう一人の自分がいる」という感覚だったような。

その後も、大学卒業するころとか、仕事を探している時とか、何度か東京に出ることを考えました。が、挑戦する術をみつけることもできずにいました。
そうやって、「東京に出たい自分」が生まれてから、それ以前とほぼ同じ時間が過ぎようとしたころ、もののはずみのようなかんじで、関東での仕事が決まってしまったのでした。
それは、「運命」なんてもんじゃなくて、単なる偶然の一致というよりこじつけなんだけども、なんだか自分としては納得できる理屈です。
一足先に東京にいた心残り(矛盾した言葉ですが)を、現実の自分がようやくその場所でつかまえた、というイメージでしょうか。

なんか、「こいつ大丈夫?」ってな話してますけど。
ともかく、2005年という年に関東に住み始めることができたのは、幸運だったし、必然でもあったと、勝手に思っているわけです。
多分、自分の中で、何かがかみ合った。それだけのこと。
そうして、ずっと東京にいた場合とは違う方法で、今の自分が、改めて関東から世の中の問題に向き合おうとしているところなんだと思います。

そんなことを、個人的な都合により、今日は、ちゃんと言葉にしておきたいと思ったのでした。
ああ、またまとまりのないもんを吐露してしまった・・・。
posted by SAI at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2人の自分が出会った年

昨年末にちらっとふれましたが、2005年、自分は「関東に住んでみたい」と初めて思ったときの2倍の年齢になりました。

「関東に住んでみたい」と初めて思ったのは、大学進学を考えたころ。
最初しばらくは、九州の大学に行って、県庁に入って・・・ということを考えていたのですが。
それは自分の希望ではなく、親の希望なんだよなあと、なんとなく気づきました。
そこで、まっとうに、自分のやりたいことってのは何だろう?と考えたのですが、思い当たりませんでした。
小学校のころから世界の問題についての不安が大きすぎて、密かに現実逃避し続けていたので、そのとき初めて、「やがて大人になる自分」を認めたといえます。
時の止まった妄想の中から、やっとまともに現実に足を踏み出したけれども。
やりたいことがわからない。
今わからないなら、将来の選択の幅ができるだけ広くなる方がいい。
一番選択の幅が広いのは、日本一の最高学府。
(あ、そういえば、それだけは、志望高校を決めるときにも考えたことでした。とりあえず県内で一番の高校を目指したな。)
はい。実はそんな理由で目指しましたですよ、東京大学。(大笑)

いや、別にそんなに特別成績優秀だったわけではないんですけど。
でもまあ、一応、県内期待の進学校だし、本当に普通に「東大いくよね?」とおぼしき人たちもちょこちょこいるような環境でした。(自分自身はともかく)
東大受験生というのは、そんなに遠い存在ではなかったのです。
宝くじは買わなきゃ当たらない。
東京大学の受験生には、誰だってなれるんです。センター試験までは。「目指してます」と言ったもん勝ち。
周りも行けると思っちゃいないから、本当に入試が目の前に来る時期でなければ、目指す分にはそんなに本気のつっこみは入らなかったりします。
それで、本人は、なんだかもう東京で暮らす気分になってしまうと。
実際、東大受験対応で勉強しました。社会科1科目しかやらない高校だったけども、もう1科目自習したし。(ムチャですが)目指すと言ったからには、本気でした。

結局、センター試験で惨敗し、「だったらとことん地元の大学からスタートするわい!」と開き直ることになるのでした。
それでも、実は、仮面浪人することも、その年の4月前半まで考えていました。
その後、また変な理由で、地元の大学にはまることを決めるわけですが。それはまた別の機会に。
ともかく、かくして高校時代、東京辺りに暮らすことを考えたのでありました。

つづく。
posted by SAI at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

もしも小説が書けたなら

「もしもピアノが弾けたなら」という歌がありますが、なんとなくその気持ちがわかるような気がする今日この頃、もとい、長い年月です。

実現できるかどうかはともかくアイデアを思いついたとき。
もちろん、実現可能になるようにつめていくという方向があります。そのアイデア自体が間違っているんじゃないかとか、もっと余計な問題を増やすんじゃないかとか、検証することも含めて。
実際実現して、本当にみんなが幸せになればそれがいい。
けれども、そこまでいかないならば、せめてそのアイデアが実現した場合を描く小説を書けたらいいと思ってきました。それこそ、自分の今までの人生の半分ぐらいの間、そんなことを考えていました。
だから、言葉の問題だとか、伝え方というようなところにこだわりたがる部分もあります。

それは、一種のシミュレーションともいえますが、それもやっぱり、どの程度根拠があるかは疑わしいです。
「フィクションですから」の一言で済むものではあっても、あまりにあり得ないのは主義に反します。(そればっかり)
逆に、あり得そうなストーリーにできるものなら、現実にやってみることを考えることができるかもしれないわけで。
結局は、分析する力が必要ということになるのでしょうか。

小説の場合だと、もちろん、文章そのものが、読ませるものかどうかという問題もあります。
一気に読めて、うっかり納得しそうになってしまう、そんな文章が書けるかどうか。

難しいなあ。
人に伝えようとするから難しいということなんでしょうか。
妄想するだけなら、それなりに簡単そうです。それは多分、わかんない部分に来たら飛躍する(あるいはすっとばす)という裏技を使えるからです。
自分だけならすっとばして逃げられても、別の人が読むと「意味がわからない」となることが多いはず。
というか、今自分が書いているこの文章自体、飛躍があるだろうし、わかりづらいと思います。

結局は、内容を支える根拠と伝える技法という、現実と同じところでひっかかるのです。
現実でだめなら小説の中で実現させてしまえ、というのも、簡単にはいきそうにないです。
と、わかっていても、やってみたいもんだと思い続けてしまいます。
それで、やっぱり、ブログでおおっぴらに右往左往してみるのです。
変なアイデア書いてみて、広げられるところまで妄想を広げて見せて、「ここがわからない」とつっこんでもらえたら、多少進展するかもしれません。
posted by SAI at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

力がほしい

いろいろ思うことはあるけれども、ただただ否定するのは自分の主義に反します。
そりゃあ、危ないものは危ないと言うことが必要だし、一般市民をバカにするようなことが普通にまかりとおってはいかんと思います。
が、それを「ダメ」と言っているだけでは、「じゃあどうすりゃいいんだ?」と言われて何も言えなくなります。
そもそも、他人の揚げ足とってばっかりというのは、自分で落ち込んできます。
というか、なんかストレスたまってきます。
楽しいことを考えなきゃ、やってられません。

そんなかんじなので、たまに変なアイデアが浮かんだりします。
以前の記事では、「手回しイルミネーション」なんてのがありました。そこから発展する話が2つほどあったのですが、書きそびれています。
問題から、いろいろ企画を考える。そういうのが、好きです。
そして、テーマを与えられて、何かアイデア出せといわれれば、何かしら思いつくものだったりします。
実現可能かどうかはともかく。

それをもっと大掛かりにやれる力があればなあ、と思います。
思いつく力?これは力というのかな。
例えば、原発に依存しきった町の問題を楽しく解決する方法を思いついて、「それ、いいじゃん!」とたくさんの人が思うところまで持っていけるような力。
いろいろな場所で、鮮やかにまちづくりの方向を提案しては去っていく、スーパーヒーローみたいなものが、自分のやりたい仕事かもしれません。「マチヅクリ仮面」?なんじゃそりゃ。
いや、別に目立たなくていいんです。褒め称えられなくていいんです。ただ、それで食っていければ、人生矛盾しなくていいだろうなあとは思いますけど。
そもそも、まちづくりそのものは、その土地の人たちが考えてやっていくものだし。
ともかく、「これしかない」もしくは「なんにもない」と思い込んでいるもの以外の、「これおもしろそうかも」という選択肢をひねり出してみせられたらいいなあと思うのです。

選択肢の方向は、「みんながしあわせになれる」方向。
漠然としていますが。
「名探偵夢水清志郎」の事件解決のようなイメージ?
探偵が事件を解決するような、作家が物語で何かを自然に伝えるような、それに近い力がほしいと思います。
うーん、やっぱりうまく言えません。
まあ、一発でスパーンと解決できる方法とまではいかなくても、ちまちま地道に変なアイデアを発酵させていくのみです。
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2006年02月15日

現状維持ではいられない4

「ずっとこんなふうにいられたら」と思っても、そうは問屋が卸さない。
そして、「もしもそれが恋愛だったなら」と考えた時、思い出すのは学生時代のことでした。

大学時代、学園祭の準備やら一緒にやっていた人がおりました。
なんというか、悪態つきあうというか、主に自分が悪態つかれていたというか、そんなかんじでしたが、一緒にいろいろ準備したりというのは楽しかったです。
なんだろう、その人といるときの自分は、いつも自然に笑えてたなあと思います。
かなり難しい件で打ち合わせしたりしていて、前途多難すぎてどんよりな状況でも、自分の方は心のどっかがニヤケていた、そんなかんじ?
頼りにしていた、だけでなく、しょうもないやりとりの1つ1つが楽しかったのです。
「ずっとこんなかんじでいられたらいいなあ」と思いました。

が、大学生というのは、どうあがいても期間が決まっています。
そもそもその人とは学年が違ったから、そのまんま一緒にそこにいられる期間は、もっと短かったのです。
ずっとそのままは、絶対にあり得ない。
それに・・・いずれその人が誰かを好きになったら、本当にこのまんまではいられないな、と思いました。
そこで改めて思いました。このまんまではいられないのが、単に状況的なことではなくて、どうも自分の心情として無理そうだと。
まあ、ありていに申せば、この人が他の誰かの恋人になるというのはきっついと。そうなったら、むしろ自分から離れるだろうなと。
そして、今の関係では、それは必ずいつか訪れることだと。なにしろ、拘束力ないですから。

そのとき、(勝手に)選択を迫られました。拘束力を持つ存在になるか、遠くなるか。
「コレハ、レンアイ、デアル」当時の自分は判断しました。
だから、行動に出ました。

その人が卒業する間際のバレンタインデーに、決戦を挑み、見事に玉砕しました。
というか、それ以来距離をおかれてそのまま立ち消えました。

おそらくは、相手にとっても、自分との距離感は、そのときの現状が一番よかったのでしょう。
もしかしたら、決戦挑まなければ、大学の中でなくても、同じような距離感がもっと続いたかもしれません。
それでも、やっぱり「ずっとそのまま」はありえない。
いつか、どちらからともなく、あるいはどちらのせいでもなく、その関係は終わっていたでしょう。
このときは、たまたま自分が終わりのきっかけをつくったというだけです。

これ、半年前の「もしもこれが恋愛だったら」の1つの例と言えそう。過去の事例。

そんなわけなので、「現状維持ではいられない」という話の2として話すはずでした。こんなつながりでした。
現実にさらに現状崩壊しまくったために、うやむやにできそうだったのですが。
昨日、その「決戦」から10年を迎えたので、時効成立ということに勝手に決めて、本日いきなりぶっちゃけてみたのでありました。

ホンネを吐露するのが目的の当ブログ。にしても、これは苦いっつーか、相当恥ずかしい。
だったらやめときゃいいんだろうに、社会派ブログじゃいられない。
posted by SAI at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現状維持ではいられない3

ここで、唐突に、半年前にうやむやにしていた話の続きと参ります。

なんだか普通に楽しいとか幸せだとか感じられるときに、「ずっとこんなふうにいられたら」と思うことはないですか?
誰かといっしょにいて楽しい、だからそのままの関係でいたいと思ったことは?

自分の場合、このタイトルの1と2で話した、仕事の先輩たちといっしょに働いていたときというのは、そんなかんじでした。
もちろん、ずっと続くわけはないというのがわかってはいたけれども、そんなにいきなり終わりを迎えるとはおもっていなかったわけで。
連絡先交換もすることなく、いつものように仕事して「じゃあがんばってください」とお互いに言って、本当にそれっきり。
そのとき考えたのは、もしこれが恋愛だったら、違う行動に出ていたのだろうか、ということでした。
どうせ「そのまま」というのがあり得ないのなら、いっちょう当たってくだけたろうかい、なんてことをしたんだろうかと。

どうなんだろう?
事前の情報がもっとあったら、情報次第というところですか。
その人にすでに恋人がいるかどうかとか、仕事以外で共通点があるかどうかとか。
仕事中、プライベートな話なんてまったくやらなかったから、情報はまるでなく。仕事中のその姿が全てだったというのは、なかなか難しい状況です。
その人と一緒に仕事するのが楽しい、それ以外があんまり想像できなかったりして。
まあ、見方を変えれば、それだけ情報がなかったから、恋愛になることがあり得なかったとも言えそうな気もします。

仕事の時のかんじと同じように、たまに同じ空間にいて、話ができたらいい、というところに落ち着いてしまいます。
「好みでした」なんて言わなければ、どっかで偶然会ったときも、何事もなく昔話(ってほど昔じゃないけど)とか近況報告とかできるかもしれない。そんな期待も多少ありました。ええ、ありました。
半年の間、もちろんそんな事実が起こることはなかったです。まあ、所詮は帰らぬ日々の話です。

て、今日書くはずだったのは、この部分じゃないんですけど。話せば長くなってしまうもんですね。あー。
というわけで、次の記事で、現状維持がありえなかった帰らぬ日々の話をもう1ついきます。
実はそれが、本来このタイトルの2になるはずだった話だったりします。
posted by SAI at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

フリーメールに悩む

ちょっと必要があって、フリーメールサービスをいろいろあたってみました。
このブログを始めたとき、ホットメールのアドレスをとってはいたのですが。
あれ、送信者名の設定なんかが不安なのですよね。
そもそもの設定もなんか面倒だったし、セキュリティ面で怪しいとか、不具合が多いとか、いろいろ読んだことがあったし。
もとより、サインインするのが面倒だし。ネットで買い物なんかもするようになると、パスワードがやたらとたくさんたまってきて、管理しきれなくなりそうなのです。
というわけで、基本的に、自分、POPメール派です。というか、それしか使ったことなかったです。
ただ、パソコンの故障など経験すると、やっぱりwebメールもあったほうがいいかなあと思うわけで。
フリーメールのサービスをあれこれ見て回って、頭痛がしてきて、とやっていました。

結局、しばらくホットメールを使ってみることにしました。
といっても、試運転ですから、ここでは公開しません。まあ、そのうちサービス乗り換えるかもしれませんし。
それより、最近ブログにスパムコメント(というのかどうか知りませんが)が毎日つくようになってきたので、承認したものだけ反映されるようにするべきかどうか悩み中です。なにしろ、毎回すべて再構築するのは、自分としてもサーバーとしても、あんまり調子よくないですから。
もともとコメントもTBも少ないというか、まず読者が少ないのに、そういうところで悩まねばならないというのは、なんとも困った世界です。
そしてそのたびに、新しい機能についていろいろ調べることになるのです。
うーん、ネット関係、やっぱりいろいろ難しいですねえ。
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2006年02月03日

優しいミステリー

珍しく、心が動いたそのときに、記録。

はやみねかおる著『名探偵夢水清志郎事件ノート〜消える総生島〜』・・・の漫画版に、うっかり泣けました。
ミステリーの内容を詳しく話すわけにもいかないのが難しいところですが。
このシリーズは、「みんなが幸せになるように事件を解決する」のがテーマのようです。
ミステリーというのは、事件が解決してすっきりしても、犯人のおかれた状況を見て、べつの「すっきりしない感」が残ってしまうことが多いです。(自分の場合)
が、このシリーズは、毎回、なんかほっとするのです。

そして、このシリーズには、背景として世の中の問題が含まれています。というか、もう1つのテーマかもしれないと思います。
それを、小学生ぐらいにも伝わる表現で描かれていることに、もう1度感動するのです。
今回自分が読んだのは『なかよし』の付録についていた別冊漫画なのですが、漫画になることによって、より入っていきやすいかんじが出ていると思います。
まあ、少女漫画ですから、手に取りづらいという層も出てくるかとは思いますが。
そのうちコミックスになったら、改めてそろえようと思います。原作も読んでみないと、です。

ブログを書くようになって、思いや考えを伝えることの難しさを、以前にも増して感じることが多くなりました。
そんな中、このミステリーは、伝えるすべとしての1つの理想の形だなあと感じました。
それこそ、伝える方法ということそのものにも、「消える総生島」の場合は触れられているのですが。
こんなふうに伝えられるなら・・・とあこがれます。
が、やっぱりなかなか難しいもんですね。あこがれながら、自分の方法は、やっぱりこんなです。(苦笑)

と、勝手な読み方をしてしまいましたが。
冬に読むミステリーとしてオススメです。
原作は、講談社青い鳥文庫から出ているようです。
posted by SAI at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月29日

悪いけど、ストレスなんです

世の中を考えたり、そんなイベントに行ったりしていますが、自分、聖人君子じゃありません。むしろ、ものすごく俗な人間です。
まとめて書きたいことを差し置いて、本日、愚痴ります。他人のグチ聞く気はないという方は、お読みにならないでください。

同じ部署の先輩たちがみんないなくなってしまって・・・という話を書いてから、もう半年近くなります。
まさに「これからものすごく忙しくなるぞう!」というときに起きた「危機的状況」。
そのとき、緊急に補充されてきた人は、自分にとって、生理的に苦手なタイプでした。
その次に補充された人も、やっぱり苦手なタイプでした。
というわけで、あのころは、本気で自分の精神が危機的状況でした。責任の重さも、入って半年の下っ端には、かなり堪えましたが。
本当に、現状維持ってもんが2ヶ月ともたない日々で、いつの間にか先輩たちもやってなかったリーダーの業務の一部をやるはめになり。(権限はないけど、業務は与えられるものらしい)
その業務自体も、ヘビーなのですが。(肉体的にはともかく、本気で怖い)
それに伴って同じ部署のその後輩さんたちとやりとりしなければならない頻度が少なくとも2倍になったのが、ぼちぼち効いてきているようです。

仕事ができない人だというわけではないのです。むしろ自分より一人前になるのは早かったと思います。が、むしろそれで理屈をこねてすでに人に教える立場にでしゃばるのが、何かイラつくのです。
普通の作業にしても、手伝ってくれようとしているんだとはわかるんだけど、半端に手を出されるとものすごくやりにくいのです。
気配りできない人というわけではないのです。むしろ、無駄なところに丁寧で回りくどくて、「だから何?」と言いたくなるのです。仕事においては、用件を先にというか、用件だけ言ってくれた方がありがたいんですが。
丁寧なことを注意するのも変なかんじだし、もしかして自分の方が慣れるかもしれないと思って、3ヶ月ばかり何も言わずにきましたが、慣れる方ではなく溜まる方にしか向かわないようです。
仕方なく「できればこうしてくれませんか」とお願いしてみました。
しかし、どうも、理解できないようです。あんまり変わりません。

ええ、その人は別に間違ってはいないのです。そして、世の中には、その人みたいにやってほしい人もけっこういると思います。
しかし、自分とは合わないんです。それだけなんです。
もともと苦手なタイプというのも、その人が悪いわけではないのです。そういうタイプが好きな人もけっこういるだろうし。
しかし、自分は生理的にだめなんです。それだけなんです。

もしかして、自分も前は先輩たちにそう感じられていたかもしれないなあ、なんてことまで、うっかり考えてしまったり。
相手の方は、一緒に仕事していて「合わない」とか思わないんだろうか?とも考えます。この場合、むしろ「合う」と思われる方が、なんか気分的に嫌なんですが・・・(汗)
「合わない」とか「生理的にダメ」というのは、言われた方としてもどうしようもないことなんですよね。かといって、言っている方が、ワガママなわけでもないはず。
それでも仕事なんだから、なんとか調整してやっていくしかないわけです。
責任の重さとともに、あきらめの境地でなんとかしのぐ日々です。

でも、今日、たった今、この先もエンドレスにこの面子で仕事するんだよなあ、と思い浮かんで、ふと限界がきてしまったのでした。「うわー、途方もねー」というのが、正直なところ。
自分の精神はどこまでもつんだか、真剣心配です。
ともかく、このままでは明日の朝までこれにとらわれて、さらに明日も顔をつきあわせることになるので、海に向かって「バカヤロー」と叫ぶ代わりに、ここで吐き出させていただきました。
どうもすみません。

ああ、だけどこの感覚は、実は自分の「世界観」みたいなのにも影響しているんですよね。
なんとかこの記事を参照しなくてもいいような形で、そのうち話します。
posted by SAI at 22:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

日常と記念日と

本日、阪神大震災から11年目です。
10年目だった去年の今日は、自分が現在の職場に入社した日でした。

「スマトラ沖地震から1年」の記事に、「正確な日時を覚えていないのは、自分にとってその日が普段と変わらない日常の一日だったからというのもある」というようなことを書きました。
阪神大震災については、10年目がたまたま自分に変わったことが起きた日になりましたが、それで記憶に残ったというわけではありません。その点、前に書いたのとちょっと違ってきます。

1年と10年の違いもあるかもしれません。
毎年、多くの人がその日を振り返ることによって、当事者でなかった人の記憶にも残っていくものなのかも。
その間に、どれだけのことをその日から学び、改善をしていけるのだろう?
それは、当事者となった人たちの傷がどれだけ癒えて、どれだけ復興が成されるかということとともに、誰もが問われることなんじゃないかと、改めて思いました。
悲しい思いをした日ほど、後々まで振り返るもののような気がしますが、それは教訓と思いやりとを持つためなのでしょうか。
冠婚葬祭の「葬」が長く続くのとはまた違うのかもしれませんが。

例えば、1945.8.6と8.9。
例えば、9.11。
今日、1.17。
悲しい思いをした日は、記号のように残る。
一方に、世界で取り上げられることのない、けれども大きな悲しみのあった日もあるもので。
傷つけた方は忘れてしまっても、傷つけられた方は覚えている日もあるはずで。
また、傷つけた方にとって、それが喜びである場合もあるようで。
自然災害の場合は、それ自体は誰が悪いわけでもないけれど。
悲しい思いをした人たちと一緒に、その日を思うことは大事なのだろうと思いました。

「今日はなんの日?」なんていうのがありますが、毎日が何かの記念日なわけです。
いつもと変わらない日常というのは、実は知らないだけということもあるのですね。

なんだか今日は、そういうことを、とりとめもなく考えてしまいました。
阪神大震災から11年目に、どう言えばいいのかわかりません。ただ、それを経験した方々の記事を読んで、共感することにします。

いろいろ考えがめぐりすぎて、いつも以上にまとまりません。
ともかくいえるのは、もっといろいろなことに目を向けて気づいていきたいと思った、ということです。
悲しみのない世界を願うけれども、まずは悲しみに気づける人間でありたい。
そう思った日でした。
posted by SAI at 21:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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